トマトの話

17日の日記に。
「監督のトマト話」という文言を載せました。
あの日の練習試合の時に。
あきらめない思いとして。
選手に話したエピソードなんですが。
ほぼ誰も知らない話でしょう笑笑

改めてお話しすると。
子供の頃はトマトが嫌いでした。
中学生のころまでは。
今は普通に食べるし嫌いではありません。
サラダを自分で取るときも。
ちゃんとトマトも選びます。

なぜそうなったか。
トマトが嫌いで食べれなかったのですが。
トマトが食べれない自分が。
恥ずかしいと思ってました。
ほかのみんなはトマトを普通に食べてるので。

いつか、トマトを食べれるようになりたい。
という願望があったのです。
食べれないのに。
食べれない悔しさみたいな。
嫌いなのに。
変な感覚ですよね。
だから、たまにチャレンジしていたんです。
基本は食べないし避けてましたが。
中学生までは、だめだこりゃーって。
なってましたが。
それでも、たまにトマトを食べることを。
たま~にやっていたら。
いつの間にかなんとも思わなくなったんです。
食べてやる!って思ってから。
5年くらいかかったかな。

だからなんだ。

って話ですよね笑笑。
そうですよね。
嫌いなものを強要すんなよって。
嫌いなもの食べなくても。
死ぬことはないからって。
反論されるわ。

嫌いなものを食べろ!と。
言いたいのではなくて。
嫌いなことや苦手なこと。
やりたくないことも。
今はやらなくていいので。
嘘でもいいので。
やろうとする願望があると。
脳はやろうとするんです。
これ、脳は理想と現実を判断できないので。
脳の作用の話です。
脳は簡単にダマせます。
そして脳は指令をそのまま行動に移そうとします。

もしかしたら。
大人になれば味覚の変化で、そんなこと思わなくても。
食べれるようになったのかもしれませんが。
すじこは今だに食べれません笑
食べようとすら思ったことないので。
いくらは食べれるようになりました。
いくらも、食べてやるエピソードがあるんです笑

試合の時に。
ミスをしないようにと思うのではなく。
ボールを取りたくないと思うより。
強烈なスパイク取りたい。
あのサーブをレシーブしたい。
ブロックで止めたやりたい。
スパイクをあそこに決めたい。
不安でしょうがない気持ちになっても。
なりたい自分を思っていなさい。

やってやるって思っていれば。
そっちに行動してくれるんだよと。
トマトが嫌いだったのに食べれるようになったのは。
なりたい自分を思い続けていたから。
という意味です。

子供たちは。
は?みたいな。
伝わっていないでしょう。
嫌いなものを食べなくはならない感覚なんて。
嫌でしかないですから笑笑

だれも共感しない話ですね。
これが、「監督のトマト話」です。
脳をダマすって。
良いことだらけなんだけどな。

今日もありがとうございました。

2024/11/25