時代に合わせる

R4.4.27
千葉ロッテマリーンズの投手と球審のやり取りが物議をかましている。
球審のボールの判定に対して、投手が不服を現す態度に、球審が詰め寄ったシーン。
賛否両論があるが、圧倒的に世論は、投手擁護だ。

球審に寄り沿えば、「自分の判定にバカにされた」いう心情だったんだろうね…
球審の捉え方がそうだった。
そういうこと自分もあったなぁ…とわからなくもないが。

指導中に話を聞いてなかったり、ムッとした態度取られるとね。
小学生になめられたって思ったときは、今回の球審みたいなことしてた。
以前の自分もね…。

今は、その過去の自分に対して反省がある。
まあ、時代がそれを良しとしないふうになってきているってこと。
そして、それがさほど意味を持たいないことに気が付いた。

自分が審判だったとして。
バレーの試合の時はそんなことしないし、したことはない。
よくジャッジに対して選手からアピールもある。
小学生からね。
in・outの時が多いかな。
だからと言って審判台から降りて、小学生に詰めよることなんかはありえないな。
ベンチや観客席からもよくあったけど、そんなことは淡々としてればいいこと。
それも昔の話。
いまはだいぶ、観客もベンチも学習しているような気がする。

殴られるのが当たり前だった時代から、ほめることを推奨される時代になった。
まあ、私は褒める「だけ」では伸びないと思っているが。
でも、怒りつけてなんとかしようとも思わなくなった。

時代が求めている対応に順応していくスキルは大事だと思っている。
それがその時代に合わせていくということ。
指導する側も学習をしてなくはないらない。

詰めよってプレッシャーをかけたことに対して。
おれもまだまだだな。
って思ってもらいたいな。
我々も「日々成長」していきたい。

嫌なサーブになってきた
日々成長
2022/4/27